音楽の世界で印象派といえば、ドビュッシー (1862-1918) とラヴェル (1875-1937) と相場が決まっている。それ以外の人物が印象派として紹介されるとしても、影響を受けているとか、印象派に近い作風だとか言われるだけで、この人もまぎれもない印象派だと言われることはまずない。しかし、この二人だけなら 「派」 と名づけるのは行きすぎではなかろうか。
絵画の世界なら実に多くの画家たち、作風も様々な違った個性を持った画家たちが印象派と呼ばれているのに、これはどうしたことだろうか。以前から抱いている疑問だが、的確な答えを聞いたことがない。
多くの近代フランスの作曲家たちの中で、「印象派」 と呼んで差し支えない人物が一人いる。フロラン・シュミット (1870-1958) だ。とはいえ、彼のCDにはめったにお目にかかれない。忘れられた作曲家の一人だといっていい人だろう。そのピアノ曲を集めたものを手に入れた。しかも売れなかったと見えて、叩き売りの憂き目にあい、バーゲン台に放り込まれていたものである。確か300円前後の値がついていたから、これを買わずにおく手はない。
フロラン・シュミット
『ピアノ作品集』 「黄昏」 「影」 「子どもたち」 「ドビュッシーの墓」
ローラン・ワグシャル pf
SAPHIR LVC 001055
「子どもたち」 はドビュッシーの 「子どもの領分」 を意識しているだろうし、「ドビュッシーの墓」 という作品があることでも、彼のドビュッシーへの傾倒が伺われる。
また「影」 は、演奏しているワグシャル自身の解説によると、ドビュッシーの 「映像」 や ラヴェルの 「夜のガスパール」 に並ぶ作品だとする。彼の解説から少し引用してみよう。
1913年から17年にかけて書かれた 「影 Op.64」 でフロラン・シュミットは
成熟の頂点に達し、まぎれもない傑作となった。ドビュッシーの二つの 「映
像」 やラヴェルの 「夜のガスパール」 と並ぶ、フランスのピアノ音楽の最高
峰をなしている。事実、「影」 にはこれらの作品と共通する点がある。同じ
程度の長さ、詩に触発されて生まれた3曲1組の構成、ピアノ書法のオーケ
ストラ的な扱い、である。
ピアニストのワグシャルは、このようにフロラン・シュミットをドビュッシーとラヴェルの中間におく。聞いた印象は、ワグシャルの解説が語るとおりだ。「黄昏」 「影」、いずれも印象派然とした題名である。彼の作品がお蔵になっていた事情はよく分からない。
絵画の世界なら実に多くの画家たち、作風も様々な違った個性を持った画家たちが印象派と呼ばれているのに、これはどうしたことだろうか。以前から抱いている疑問だが、的確な答えを聞いたことがない。
多くの近代フランスの作曲家たちの中で、「印象派」 と呼んで差し支えない人物が一人いる。フロラン・シュミット (1870-1958) だ。とはいえ、彼のCDにはめったにお目にかかれない。忘れられた作曲家の一人だといっていい人だろう。そのピアノ曲を集めたものを手に入れた。しかも売れなかったと見えて、叩き売りの憂き目にあい、バーゲン台に放り込まれていたものである。確か300円前後の値がついていたから、これを買わずにおく手はない。
フロラン・シュミット
『ピアノ作品集』 「黄昏」 「影」 「子どもたち」 「ドビュッシーの墓」
ローラン・ワグシャル pf
SAPHIR LVC 001055
「子どもたち」 はドビュッシーの 「子どもの領分」 を意識しているだろうし、「ドビュッシーの墓」 という作品があることでも、彼のドビュッシーへの傾倒が伺われる。
また「影」 は、演奏しているワグシャル自身の解説によると、ドビュッシーの 「映像」 や ラヴェルの 「夜のガスパール」 に並ぶ作品だとする。彼の解説から少し引用してみよう。
1913年から17年にかけて書かれた 「影 Op.64」 でフロラン・シュミットは
成熟の頂点に達し、まぎれもない傑作となった。ドビュッシーの二つの 「映
像」 やラヴェルの 「夜のガスパール」 と並ぶ、フランスのピアノ音楽の最高
峰をなしている。事実、「影」 にはこれらの作品と共通する点がある。同じ
程度の長さ、詩に触発されて生まれた3曲1組の構成、ピアノ書法のオーケ
ストラ的な扱い、である。
ピアニストのワグシャルは、このようにフロラン・シュミットをドビュッシーとラヴェルの中間におく。聞いた印象は、ワグシャルの解説が語るとおりだ。「黄昏」 「影」、いずれも印象派然とした題名である。彼の作品がお蔵になっていた事情はよく分からない。
# by aaronus | 2009-08-07 20:09
ルイジ・ケルビーニ(1760-1842)は6曲の弦楽四重奏曲を書いた。第1番は54歳の作品、第2番以降は69歳からあとの作品なので、第2番以降はいずれも晩年の作品だ。この中から、第3番ニ短調を取り上げてみよう。この曲にケルビーニの特徴がはっきりと現れているように思われるからだ。
ルイジ・ケルビーニ
弦楽四重奏曲 第3番ニ短調(1834)
カルテット・ダビッド
BIS 1004
聞いてまず気づくのは、タターとか、タタターとか、初め細かく、後が長くなるリズムをよく使っていること。これが一つの特徴だ。古典派の作曲家たちは、むしろ逆にタータ、タータタ、と後に細かくなるリズムを使う例が多い。後を細かくするリズムは次に続くものを予感させるが、初めを細かくするリズムは、現在の音に重点があると感じさせる。後へ後へと結論に向けて走っていくベートーベンのようなタイプとは違ってケルビーニは、各瞬間にどのような動きの音を作り出すかに主な関心があったに違いない。
もう一つの特徴は、突然、アリア風というか、詠唱風の部分が現れること。ケルビーニの作品表を見れば分かるように、彼の仕事の主なものは歌劇だった。『クラシック音楽作品名辞典』 によれば、ケルビーニは生涯に30曲の歌劇を書いたという。明らかにそれが弦楽四重奏にも表れている。この曲だけでなく、彼の弦楽四重奏曲は途中でしばしばアリア風な劇的な瞬間を迎える。
この二つが彼の先輩たちの作品、つまりハイドン、モーツァルトとの大きな違いだろう。ベートーベンはケルビーニより10歳年下だが、彼の最後の弦楽四重奏曲は1826年に書かれているから、ケルビーニが本格的に弦楽四重奏に取り組んだ時に、すでにベートーベンはこの世になく、弦楽四重奏に関する限りベートーベンも先輩と言っていいだろう。
ちなみに、ケルビーニの頃に弦楽四重奏曲を書いた作曲家を拾ってみると、シューベルトの最後の弦楽四重奏が1826年、メンデルスゾーンがちょうとケルビーニと重なる時期、シューマンの3曲はいずれも1842年で、ケルビーニの亡くなった年だ。生まれはベートーベンより10年早いが、長生きしたためにロマン派が華やかに活躍したころに弦楽四重奏曲を黙々と書いていたことになる。
フランス系でこの頃、弦楽四重奏曲を書いた人は、ちょっと思い当たらない。オンスローとか、ジャダンといった人がいたのは確かだが、ケルビーニよりかなり前だろう。またフランクやショーソンのような人が弦楽四重奏曲を書くのは、50年ほどあと。
つまりドイツ・ロマン派の人たちがベートーベンの後を追って、苦労して弦楽四重奏曲を書いていた時期に、ひとりフランスで書いていた人がケルビーニということになる。しかもドイツの作曲家たちと違って、ケルビーニの作品には苦労して書いている様子がなく、楽しみながら随所にアリアを埋め込んで劇的な表現を作り上げていた様子が伺われる。幸せな82年の生涯であったようだ。
私には、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマンの弦楽四重奏曲よりもケルビーニの弦楽四重奏曲の方が、ずっと伸びやかで親しみやすい作品たちであるように感じられる。彼のことをベートーベンが 「現存する最大の作曲家」 と呼んだのも頷ける。
ルイジ・ケルビーニ
弦楽四重奏曲 第3番ニ短調(1834)
カルテット・ダビッド
BIS 1004
聞いてまず気づくのは、タターとか、タタターとか、初め細かく、後が長くなるリズムをよく使っていること。これが一つの特徴だ。古典派の作曲家たちは、むしろ逆にタータ、タータタ、と後に細かくなるリズムを使う例が多い。後を細かくするリズムは次に続くものを予感させるが、初めを細かくするリズムは、現在の音に重点があると感じさせる。後へ後へと結論に向けて走っていくベートーベンのようなタイプとは違ってケルビーニは、各瞬間にどのような動きの音を作り出すかに主な関心があったに違いない。
もう一つの特徴は、突然、アリア風というか、詠唱風の部分が現れること。ケルビーニの作品表を見れば分かるように、彼の仕事の主なものは歌劇だった。『クラシック音楽作品名辞典』 によれば、ケルビーニは生涯に30曲の歌劇を書いたという。明らかにそれが弦楽四重奏にも表れている。この曲だけでなく、彼の弦楽四重奏曲は途中でしばしばアリア風な劇的な瞬間を迎える。
この二つが彼の先輩たちの作品、つまりハイドン、モーツァルトとの大きな違いだろう。ベートーベンはケルビーニより10歳年下だが、彼の最後の弦楽四重奏曲は1826年に書かれているから、ケルビーニが本格的に弦楽四重奏に取り組んだ時に、すでにベートーベンはこの世になく、弦楽四重奏に関する限りベートーベンも先輩と言っていいだろう。
ちなみに、ケルビーニの頃に弦楽四重奏曲を書いた作曲家を拾ってみると、シューベルトの最後の弦楽四重奏が1826年、メンデルスゾーンがちょうとケルビーニと重なる時期、シューマンの3曲はいずれも1842年で、ケルビーニの亡くなった年だ。生まれはベートーベンより10年早いが、長生きしたためにロマン派が華やかに活躍したころに弦楽四重奏曲を黙々と書いていたことになる。
フランス系でこの頃、弦楽四重奏曲を書いた人は、ちょっと思い当たらない。オンスローとか、ジャダンといった人がいたのは確かだが、ケルビーニよりかなり前だろう。またフランクやショーソンのような人が弦楽四重奏曲を書くのは、50年ほどあと。
つまりドイツ・ロマン派の人たちがベートーベンの後を追って、苦労して弦楽四重奏曲を書いていた時期に、ひとりフランスで書いていた人がケルビーニということになる。しかもドイツの作曲家たちと違って、ケルビーニの作品には苦労して書いている様子がなく、楽しみながら随所にアリアを埋め込んで劇的な表現を作り上げていた様子が伺われる。幸せな82年の生涯であったようだ。
私には、シューベルト、メンデルスゾーン、シューマンの弦楽四重奏曲よりもケルビーニの弦楽四重奏曲の方が、ずっと伸びやかで親しみやすい作品たちであるように感じられる。彼のことをベートーベンが 「現存する最大の作曲家」 と呼んだのも頷ける。
# by aaronus | 2009-08-02 21:35
20世紀のフランス音楽史上に、ジョルジュ・タコネ (1889-1962) という作曲家がいたとは知らなかった。作風はガブリエル・フォレ (1845-1924) に近いだろうか。名が知られていないのは、作風が保守的だとして、評論家たちから評価されなかったのだろう。
ジョルジュ・タコネ(1889-1962)
「バイオリン・ソナタ ニ短調」
ファニー・クラマジラン(バイオリン)
ヴィルジニー・マルティノー(ピアノ)
MARCO POLO 8.225300
フォレのバイオリン・ソナタ第1番に似た感じがするけれど、フォレよりもメロディアスというか、フォレほど曖昧な音使いではない。より旋律線が明快だ。たまたま日本橋の中古CD店でタコネという見かけない名前を見つけたもので、「ニ短調」 という表示を見て、まあこんな感じかな、と見当をつけて買ってみれば、だいたい想像どおりだった。
バイオリン・ソナタの前に歌曲が十数曲収められていて、解説には 「フォレの優しいメランコリー、あるいはデュパルク風の激しい感情が感じ取れる」 とある。
「音楽史」 と 一口にいっても、「作曲史」 と 「鑑賞史」 とは大きく異なるのではないのか。「作曲史」 には、このタコネのようなほとんど無名の作曲家が数多くいたはずだ。ところがそのほとんどは忘れ去られ、ほんの一握りの作曲家だけが 「大作曲家」 と持ち上げられたのが 「鑑賞史」 の現実ではないだろうか。
フランス周辺の近代の 「鑑賞史」 はフランク学派、フォレ、印象派、六人組あたりが主なところで、その他大勢は、ほとんど演奏されることがない。六人組にしたところで、オネゲル、ミヨー、プーランクはそれなりに演奏されるとしても、タイユフェール、オーリック、デュレはまず聞くことがない。その他、マニャールだとかケクラン、ジョンゲンといった作曲家は圧倒的にマイナーに属する。
では作品の質に圧倒的な差があるのかといえば、決してそうではない。ジャン・アランのオルガン曲には素晴らしいものがあるし、マニャールのヴァイオリン・ソナタも捨て去るにはまことに惜しい。「鑑賞史」 は時々の評論家などの評価、音楽企業の商業政策でゆがめられているに過ぎない。日本の音楽鑑賞史は、圧倒的にドイツ圏優位になっているのには理由があるはずだ。
ジョルジュ・タコネ(1889-1962)
「バイオリン・ソナタ ニ短調」
ファニー・クラマジラン(バイオリン)
ヴィルジニー・マルティノー(ピアノ)
MARCO POLO 8.225300
フォレのバイオリン・ソナタ第1番に似た感じがするけれど、フォレよりもメロディアスというか、フォレほど曖昧な音使いではない。より旋律線が明快だ。たまたま日本橋の中古CD店でタコネという見かけない名前を見つけたもので、「ニ短調」 という表示を見て、まあこんな感じかな、と見当をつけて買ってみれば、だいたい想像どおりだった。
バイオリン・ソナタの前に歌曲が十数曲収められていて、解説には 「フォレの優しいメランコリー、あるいはデュパルク風の激しい感情が感じ取れる」 とある。
「音楽史」 と 一口にいっても、「作曲史」 と 「鑑賞史」 とは大きく異なるのではないのか。「作曲史」 には、このタコネのようなほとんど無名の作曲家が数多くいたはずだ。ところがそのほとんどは忘れ去られ、ほんの一握りの作曲家だけが 「大作曲家」 と持ち上げられたのが 「鑑賞史」 の現実ではないだろうか。
フランス周辺の近代の 「鑑賞史」 はフランク学派、フォレ、印象派、六人組あたりが主なところで、その他大勢は、ほとんど演奏されることがない。六人組にしたところで、オネゲル、ミヨー、プーランクはそれなりに演奏されるとしても、タイユフェール、オーリック、デュレはまず聞くことがない。その他、マニャールだとかケクラン、ジョンゲンといった作曲家は圧倒的にマイナーに属する。
では作品の質に圧倒的な差があるのかといえば、決してそうではない。ジャン・アランのオルガン曲には素晴らしいものがあるし、マニャールのヴァイオリン・ソナタも捨て去るにはまことに惜しい。「鑑賞史」 は時々の評論家などの評価、音楽企業の商業政策でゆがめられているに過ぎない。日本の音楽鑑賞史は、圧倒的にドイツ圏優位になっているのには理由があるはずだ。
# by aaronus | 2009-05-23 06:09
「クラシックの衰退」 などという題を掲げてみても、何だそんなの当たり前、と言われてしまいそうな感じがする。「エリック・ボスグラーフ」 の項にも書いたが、奈良に住んでいると、奈良の中心街でまともなCDを買える店が一軒もないことを嘆かざるをえない。そもそもCD販売の専門店がない。「啓林堂」 という書店が2階にCD売り場を設けているだけである。郊外の大規模ショッピングセンターに 「タワーレコード」 や 「HMV」 が入っているけれど、大阪に比べてまことに見劣りがする。
要するに 「売れない」 という一言に要約されるのではないだろうか。先日も啓林堂に寄ったついでに、CDの棚を眺めていると、店員が電話で話している。「ええ、出ませんねえ。たまに出るのはセール品だけです」。さもありなん。この品揃えじゃあね。ほとんどがメジャーの廉価盤。ポピュラーの棚がどんな状況なのかは知らないが、同じようなものなのだろう。要するにポピュラーの方は貸しCD店で借りるか、ネットからダウンロードする。クラシックの方は、珍しいものを置いても在庫を抱えるだけになってしまうから、店が二の足を踏んでいるに違いない。
クラシックの方は、たまに売れる廉価盤を並べておけば、まあ無難、というところなのだろうか。ところが、それではやがて飽きられてしまう。事実、飽きられているわけだ。いつまでたってもチャイコフスキーとモーツァルトばかり並んでいてはねえ。だれだって近づかなくなりますよ。
衰退の原因の一つは、同じ曲を違った演奏で聞き比べるという趣味が飽和点に達してしまったこと。例えば 『レコード芸術』 という雑誌。まだあれを読み続けているファンが果たしてどれだけいるのか。いつまでたっても 「名曲300選」 というような企画の焼き直しばかり。そりゃあ、誰だっていやになってくるね。
本当は幅広い曲目を開拓したい気持ちを業界も持っているんだろうと思う。ところが、現実はそういうCDを出してみても、ほとんど売れない。これまでそういうものを広めようという発想で宣伝していないからね。いきなり新しいものを出してみても、飛びつく人はごくわずか。珍しいものに詳しい向きは、輸入盤を買うからでもあるだろう。
ということは、日本のクラシック音楽業界からすれば 「悪循環」。もがけばもがくほどに沈んでいく蟻地獄の状況になっているように感じられる。しかしヨーロッパの業界は、それなりに堅調なのではないか。珍品ばかりを出しているマイナー・レーベルが結構つづいているのがその表れだ。詳しい文化状況は分からないが、ヨーロッパでは、広く色々な作曲家の作品を楽しむ人たちが結構いることを表していると感じられる。
教養主義のもとに、日本はヨーロッパの真似事を進めてしまったのではないだろうか。クラシックを聞いているのは教養のある人――そういう教養主義である。その結果が、ベートーベンやブラームスばかりを聞かされることになってしまった。今になってそのツケが回ってきているような気がする。関西のオーケストラの上演曲目をみていると、繰り返し繰り返しドヴォルザーク、メンデルスゾーン、シューベルトといった同じ曲目がずらり。オケの演奏会を聞きに行ってみようという気がおきない。オケの曲目であれば、プフィッツナーなりバックスなりをたまには取り上げてみればどうかと思うが、そういうものをやったらガラガラになるのであろう。
要するに 「売れない」 という一言に要約されるのではないだろうか。先日も啓林堂に寄ったついでに、CDの棚を眺めていると、店員が電話で話している。「ええ、出ませんねえ。たまに出るのはセール品だけです」。さもありなん。この品揃えじゃあね。ほとんどがメジャーの廉価盤。ポピュラーの棚がどんな状況なのかは知らないが、同じようなものなのだろう。要するにポピュラーの方は貸しCD店で借りるか、ネットからダウンロードする。クラシックの方は、珍しいものを置いても在庫を抱えるだけになってしまうから、店が二の足を踏んでいるに違いない。
クラシックの方は、たまに売れる廉価盤を並べておけば、まあ無難、というところなのだろうか。ところが、それではやがて飽きられてしまう。事実、飽きられているわけだ。いつまでたってもチャイコフスキーとモーツァルトばかり並んでいてはねえ。だれだって近づかなくなりますよ。
衰退の原因の一つは、同じ曲を違った演奏で聞き比べるという趣味が飽和点に達してしまったこと。例えば 『レコード芸術』 という雑誌。まだあれを読み続けているファンが果たしてどれだけいるのか。いつまでたっても 「名曲300選」 というような企画の焼き直しばかり。そりゃあ、誰だっていやになってくるね。
本当は幅広い曲目を開拓したい気持ちを業界も持っているんだろうと思う。ところが、現実はそういうCDを出してみても、ほとんど売れない。これまでそういうものを広めようという発想で宣伝していないからね。いきなり新しいものを出してみても、飛びつく人はごくわずか。珍しいものに詳しい向きは、輸入盤を買うからでもあるだろう。
ということは、日本のクラシック音楽業界からすれば 「悪循環」。もがけばもがくほどに沈んでいく蟻地獄の状況になっているように感じられる。しかしヨーロッパの業界は、それなりに堅調なのではないか。珍品ばかりを出しているマイナー・レーベルが結構つづいているのがその表れだ。詳しい文化状況は分からないが、ヨーロッパでは、広く色々な作曲家の作品を楽しむ人たちが結構いることを表していると感じられる。
教養主義のもとに、日本はヨーロッパの真似事を進めてしまったのではないだろうか。クラシックを聞いているのは教養のある人――そういう教養主義である。その結果が、ベートーベンやブラームスばかりを聞かされることになってしまった。今になってそのツケが回ってきているような気がする。関西のオーケストラの上演曲目をみていると、繰り返し繰り返しドヴォルザーク、メンデルスゾーン、シューベルトといった同じ曲目がずらり。オケの演奏会を聞きに行ってみようという気がおきない。オケの曲目であれば、プフィッツナーなりバックスなりをたまには取り上げてみればどうかと思うが、そういうものをやったらガラガラになるのであろう。
オランダの若手、リコーダーの名手エリック・ボスグラーフの演奏を入手した。ヘンデルのリコーダーソナタ集、やはり素晴らしい。この29歳の青年からは目を離せない。
ジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685-1759)
「リコーダー・ソナタ全集」 (CD1枚、08年6月録音)
エリック・ボスグラーフ(リコーダー)、
フランチェスコ・コルティ(ハープシコード)
BRILLIANT 93792
ヘンデルの作品が持つ明るさが、もちろん根底にある。でもそれ以上に、ボスグラーフ(1980-)と共演者のコルティ(1984-)の演奏を楽しむ姿勢が前面に出ている。ヴァン・エイクの 「笛の快楽境」、テレマンの 「無伴奏ファンタジー」+バッハ「無伴奏フルートソナタ」 に続くヒット作といえる。曲によってアルト・リコーダー2本、ヴォイス・フルート、ソプラニーノ・リコーダーを持ち替えていて、雰囲気が随分かわる。全7曲の初めと終わりに鮮やかな即興を入れて耳をそばだてさせるのは、新しい趣向だろうか。
コルティが弾くハープシコードのさわやかさも特筆ものだろう。例えばヘルムート・ヴァルヒャのような荘重な音とは、完全に時代が違う。ボスグラーフもコルティも、やや走って感じられるところもあるが、それもご愛嬌といったところ。学究を前面に出したバロック演奏とは一味違って、音楽の楽しみが前に出ていて、説得力がある。
こういうものを聞いていると、ヘンデルがバッハとは違って、それまでとは異なる新しい世界を切り開く姿勢を持っていたことが、改めて認識される。
タワー・レコードで790円という価格は 「超お買い得」 ということになるのだろう。でも実は、このような価格が当たり前で、これまでのCD一枚2000円~3000円という価格が異常だったのではあるまいか。メジャーなCD業界が衰退の一路にあるのは、当然ともいえる。私のような地方(奈良)のファンにとってみると、奈良市内では輸入盤が買える店がないといってよい。並んでいるのは大半がメジャー・レーベルの廉価盤ばかりという寂しい状態。地方には音楽ファンは一人もいないのか、と嘆きたくなる惨状である。
ジョージ・フレデリック・ヘンデル(1685-1759)
「リコーダー・ソナタ全集」 (CD1枚、08年6月録音)
エリック・ボスグラーフ(リコーダー)、
フランチェスコ・コルティ(ハープシコード)
BRILLIANT 93792
ヘンデルの作品が持つ明るさが、もちろん根底にある。でもそれ以上に、ボスグラーフ(1980-)と共演者のコルティ(1984-)の演奏を楽しむ姿勢が前面に出ている。ヴァン・エイクの 「笛の快楽境」、テレマンの 「無伴奏ファンタジー」+バッハ「無伴奏フルートソナタ」 に続くヒット作といえる。曲によってアルト・リコーダー2本、ヴォイス・フルート、ソプラニーノ・リコーダーを持ち替えていて、雰囲気が随分かわる。全7曲の初めと終わりに鮮やかな即興を入れて耳をそばだてさせるのは、新しい趣向だろうか。
コルティが弾くハープシコードのさわやかさも特筆ものだろう。例えばヘルムート・ヴァルヒャのような荘重な音とは、完全に時代が違う。ボスグラーフもコルティも、やや走って感じられるところもあるが、それもご愛嬌といったところ。学究を前面に出したバロック演奏とは一味違って、音楽の楽しみが前に出ていて、説得力がある。
こういうものを聞いていると、ヘンデルがバッハとは違って、それまでとは異なる新しい世界を切り開く姿勢を持っていたことが、改めて認識される。
タワー・レコードで790円という価格は 「超お買い得」 ということになるのだろう。でも実は、このような価格が当たり前で、これまでのCD一枚2000円~3000円という価格が異常だったのではあるまいか。メジャーなCD業界が衰退の一路にあるのは、当然ともいえる。私のような地方(奈良)のファンにとってみると、奈良市内では輸入盤が買える店がないといってよい。並んでいるのは大半がメジャー・レーベルの廉価盤ばかりという寂しい状態。地方には音楽ファンは一人もいないのか、と嘆きたくなる惨状である。
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